2015年07月08日

個人のこだわりと、第三者の価値観(中篇)


来年の大河ドラマはトテモ楽しみです。

お隣の神州(信州)は、多いに盛上っておりまして

観光大国の本領発揮と期待をしているところでもあります。

さて、先日のブログのなかで

「真田三代」における一般的な認識として

真田家台頭の初代として 弾正幸隆

信玄公の懐刀、安房守昌幸

そして、大阪で華と散った真田幸村。

この3人を総じて「真田三代」と言うのですが

なぜ真田信幸、つまり幸村のお兄ちゃんが

「真田三代」に入らないのか?

お兄ちゃんを蔑(ないがし)ろにするのか?

個人的にトテモ違和感を感じます。

歴史史実の云々を語るつもりはありませんが、

父、昌幸 弟の幸村(信繁)の必死の命乞いや

長年の忍耐のよる、真田家の継承の尽力が

もう少しクローズアップされても、

いいんじゃぁないかなー、と思う

今日この頃であります。

幸村(信繁)をけっして、否定はしておりません、
幸村の功績も、真田家にとっては大事なことが、たくさんありますからネ。

本名 真田信繁は、父昌幸が信玄公の御弟、典厩信繁公から

頂いて名付けたと言われていますが、

この武田信繁公も、戦国武将ファンには、根強い人気の武将ですよネ。

「兄を良く助け・・・」と言う思いもあって、父昌幸は名付けたのかは

本人のみ知るところでしょうか?

話しはまとまっていませんが、残りは後編で。



 長野県上田市にある「真田三代」のレリーフ
 信幸、お兄ちゃんのレリーフがありません、悲しいです  


Posted by はるなのフルーツ at 18:26Comments(2)フルーツ日記

2011年12月26日

サンタの「赤」とサナダの「赤」(「赤」を備えて憂いをなくす)

サンタの「赤」とサナダの「赤」
「赤」を備えて 憂いをなくす


吹きすさむ世風が淋しい昨今ではありますが、
皆さん如何お過ごしでしょか?

「~昔となりのおしゃれなおねえさんは~」とくれば、

歌姫ユーミンの「恋人がサンタクロース」。

この時期街中で、クリスマスソングを聴く機会が多くなりましたネ。
さて、皆さんはサンタの赤い衣装が、「赤」ではなく
本当は「緑」だったという事実を御存知でしょうか?

サンタが赤い衣装になったのは
1931年、コカコーラの広告看板でCIカラーの「赤」を
サンタに衣装着けさせたのが定着し、今の「赤サンタ」が生まれたそうです。

というわけで今回は「赤」についてのお話を。

「赤」は数ある色彩のなかでも、とりわけ個性的で主張の強い極端な 色といえます。
「赤」の持つイメージとしては 「太陽、火、血、情熱、生命」というように、
それぞれ力強さを連想させます。

また、「赤」という文字は「大」と「火」を組合わせて出来た文字で
燃え盛る「炎」を表すとも言われています。

歴史を通じても「赤」は特別な意味合いを持ち続けてきました。
あるときは、魔除け・信仰の象徴(寺社・鳥居など)として、
時には 「勇気・革命」 のシンボルとして、
世界各国で時流と共に「赤」は特別な色として認識されてきました。

また人々にとっては、憧れの色であるとも思います。
以前、このコラムでも取上げました、
戦隊シリーズ・ヒーロー漫画のリーダーは常に「赤」を身につけています。
それは群雄割拠の戦国時代においても同じであったようです。

近頃「歴女」なんて言葉を耳にしますが、その歴女達にも、
とりわけ人気の高い戦国武将 「真田幸村」も赤い甲冑軍団、
「赤備え(あかぞな)」を従えて戦国時代を疾走しました。

「赤備え」とは武具甲冑を朱塗りで統一した深紅の軍団のことを言います。
当然、誰もがなれた訳でなく、勇猛果敢で武勇に秀でた猛者達のスペシャル部隊でありました。
また、当時の「赤」は「辰砂(しんしゃ)」と言われる高価な鉱石原料でもありましたので
名誉高い部隊でもありました。
ではなぜ、戦地においてわざわざ目立つ「赤」、「朱塗り」にしたのでしょうか?
ここで色彩心理効果を説明いたしましょう。

「赤」という色は色彩面積により、「興奮」または「不安」を煽る色と言えます。
戦場において「赤」は相手を威圧する色、また、味方を鼓舞激励する色として活用されました。

実はこの「赤備え」の伝統は過去だけのものではありません。
なんと、宇宙世紀0079年においても、呼び名は違えど、「赤い彗星」という
通り名 でしっかりと継承されているようです。

クリスマス時期になりますと駅前などで、
ミニスカートの可愛いサンタさん達が世の殿方を呼止ていますよネ。

もしも お誘いのお断りが苦手だという貴方、こんな言い訳は如何でしょうか?

例えば・・・「キミの衣装、素敵な赤備えだネー」って褒め契るのは。

もしかするとその娘は、最近流行りの「歴女」かも知れませんよ。
すると、彼女は本当の自分を見出してくれた貴方にゾッコンになんてことも・・・。

実はお二人さん「赤い糸」で結ばれていたという・・・・

お後がよろしいようで、そうでないようで・・・・。




 この甲冑 「トナカイ」ではありません・・・
 


  


Posted by はるなのフルーツ at 22:02Comments(0)色彩風芸帳

2011年09月21日

拝啓 真田のお殿様その3 真田太平記編

もう いい加減 上州を抜けだしたかったワタクシは

世間から うしろ指を指されてでも

憧れの「信州」 に行きたくてしょうがなかったので

夢見る少女のように 愛車に搭乗し 無我夢中で約2時間・・・。

辿り着いたのは 彼の地・・・

六文銭の旗所 信州上田は真田町。

真田氏発祥の郷で知られる 「真田御屋敷公園」 なのでありました。

今日は 1985年にNHKで放送された 池波正太郎さんの同小説の

「真田太平記」 についてのご紹介なのであります。



 丹波哲郎さんが演じた 真田昌幸
 武田信玄 勝頼時代に仕え信長軍を巧みに翻弄し
 大軍徳川軍を2度も撃退させた まさに機略縦横の智将!




  渡瀬恒彦さんが演じた 真田信之(お兄ちゃん)
  93歳まで生き 真田氏の礎を築いた 我慢の人
  関ヶ原の戦いでは 父・昌幸 弟・信繁(幸村)と袂を分け
  その後も 一族の為に尽力 後に信濃松代藩の初代藩主に
  弟の人気で影になりがちだけど 私はお兄ちゃんの
  生き様がトテモ好きです
  もう少し信之さんにスポットライトが当っても良いと思います!




 さぁー皆さま お待ちどうさまでございました! 
 草刈正雄さんが演じた 真田幸村(信繁)でございます
 悲運の武将として講談や軍記物で人気を博し
 後世に伝えられたのも その猛々しい「生きざま」からだと思われます
 草刈さんの演じた「幸村」は まさにハマり役でございます!
 「赤備え」の幸村は 大阪の夏の陣で獅子奮迅の活躍をするも
 ついには「その時」を迎えます・・・



 「戦国を生きる。」 


この迫力あるポスターは真田歴史館でご覧いただけます。

真田歴史館
開館時間:午前9時から
休館日:毎週火曜日(火曜日が祝祭日の場合は翌日)
入館料:大人200円、小人100円
住所:長野県小県群真田町大字本原2984-1

   
 
   


Posted by はるなのフルーツ at 20:49Comments(1)フルーツ日記

2011年03月09日

上州を代表する武将とは・・・


先日 信州に行った際、あちらの方とこんな話をしました。


「実は初孫の節句に 兜 を買ってやるんだけど
このあたりじゃぁーやっぱり 真田幸村 なんだけど
群馬で有名な武将は誰なんだぁい?」

いささか私は面を喰らってしまい こう答えました。

「いやぁー 武将ですか? ウーン? やっぱり
武田信玄や真田氏じゃぁないですか?」

すると先方は

「そうじゃぁ なくてさぁー 地元の武将だよ地元の
武田信玄や真田、上杉はみん―なさぁ
出身がちがうじゃぁないかぁ 誰かいるでしょう?」

私は浅い知識を掘り起こし

「じゃぁ、箕輪城主の長野氏とかですかネ?」

するとあちらさまが言いました


「えッ?じゃぁ その長野氏が 端午節句の兜とかで
群馬じゃぁ 親しまれてるんだぁ」


私は思わず考え込んでしまいました。

群馬で有名な武将かぁ・・・・

やっぱり武田信玄や 真田氏 矢沢氏かなぁ・・・

上杉謙信かぁ・・・ あと小幡氏とか・・・ウーン・・・



私が言っているのは一般的な知名度ですよ・・・
 エッ 上泉伊勢守? そうなんですよネェー 認知度かぁー
 
   


Posted by はるなのフルーツ at 21:48Comments(2)フルーツ日記

2010年09月27日

伝心! 六文銭 (信州上田編)その2

週末 どういう訳だか 上州にいたくないワタシは

何かに導かれるように 観光大渦のまち

信州に向かったのでありました・・・。


先日、真田幸村さんについて少し触れさせて頂きましたが

今日は 「歴女」さん達の燃え盛る情熱の炎に油を注がない

程度にお話しをさせて頂きます。

さて、私は何度かこのブログでも紹介させて頂きましたが

真田幸村の幸村(ゆきむら)の名前は本当の名ではありません。

本当の名は「真田信繁(のぶしげ)」と言います。

では、この「幸村」と言う名が、なぜ浸透してきたかと言いますと
これは諸説が多くあり、実は立証されておりません。
ただ、江戸後期、軍記物や講談などで忠義の悲運武将として
語られているところから人気を博したようです。

本名の「信繁」についてですが、(本名と言うのも可笑しな話しでが・・・)
これは武田信玄さんの実弟、武田典厩信繁さん(たけだてんきゅうのぶしげ)
からの由来だそうです。
父である真田昌幸さんは、かつて武田家に仕えており、
尊敬をしていた典厩信繁さんの名前にあやかり、二男の息子に
その名を付けたと言われています。

ですから、生粋の幸村ファンはあえて「幸村」「信繁」と明言しております。

近年、ゲームやアニメなどで、伊達政宗さんと人気を二分している
真田幸村(信繁)さんは、男性は勿論のこと、若い女性からも圧倒的な支持を得ております。

「幸村」が本当は「信繁って言うんだよ」 なんてことは
もしかすると、いささか 野暮ったいことかも知れませんネ。
(ですがココにこだわっている方がいるのも事実です それはそれで大事なこと)


上田市からしてみても、まずはどういう経由でも良いから
とにかく、上田城にお越しいただいて、「真田氏の歴史気風を感じて下さいな」
お気軽にどうぞ的な、ニュアンスで観光宣伝しているように お見受け致します。



 真田幸村と言えば 赤備えの六文銭




 法螺貝を吹き戦闘開始の烽火が揚がる!ヴォウヴォ―  ヴォウヴォ― 



この話題はもう少し続きます・・・・  


Posted by はるなのフルーツ at 21:49Comments(2)フルーツ日記

2010年09月26日

伝心! 六文銭 (信州上田編)

週末 どういう訳だか 上州にいられないワタシは

何かに導かれるように 観光渦のまち

信州に向かうのでありました・・・。



 地獄の沙汰も「金」次第! 
 御存知、六文銭! 撮影は上田城にて 

9月26日 信州は上田城にて

信州上田城紅葉まつりプレイベント
「上田城 大人編 太鼓まつり」が開催されておりました。

上田城と言えば 真田氏の所縁のお城でありますが、
老若男女たくさんの真田ファンがお祭りを囲んでおりました。

真田氏の代名詞と言えば、深紅の武将 真田幸村。
いろんなメディアが手伝ってか、いま 若い女性に大人気!

つづく・・・
 
  


Posted by はるなのフルーツ at 23:47Comments(0)フルーツ日記

2010年07月02日

人に歴史あり


真田幸村(信繁) 戦国武将ブームの最中

ゲームキャラなどのイメージも手伝ってか

世の女性方に 大変人気のある武将であります。


幸村の祖父、お爺ちゃんと言えば「一徳斎」こと、真田幸隆氏。



 幸隆さんの名を世に示すことになる「砥石崩し」
 その後、真田氏の快進撃が始まります

橋爪 功さんの演じる 幸隆氏がかっこ良かったなぁー  


Posted by はるなのフルーツ at 21:53Comments(0)フルーツ日記

2009年10月14日

天晴れ!真田 天晴れ!松代!

週末は上州に居られない アタクシ。

先週末は 信州松代にお呼ばれされまして

「信州松代真田十万石まつり」

拝見してきました。


 まぁ、色々と申し上げたいことはございますが
 何はともあれ、信州松代は「素晴らしい」の一言です
 写真は真田幸村(信繁)氏
  


Posted by はるなのフルーツ at 22:19Comments(2)フルーツ日記

2009年09月29日

信州行脚 上田城は歴女日和!

信州行脚もいよいよ大詰め!
(なんのことやら)

歴史好きな女性達にも人気の高い

真田幸村(信繁)さん所縁の上田城では

黄色い華やかな声が、勝鬨声のように、

あっちこっちでこだましておりました。


 徳川軍を退け 天下に真田氏名声を轟かせた名城 「上田城」


 
 幸村もいいけど、やっぱり真田幸隆が
 アタクシは好きございます



 「武田の眼と言われた男だな!」
 と信長も恐れた真田昌幸 彼も素敵

やはり お城のある街は 良いと思います。
歴史があっての 今ですからネ。

池波正太郎記念館は お勧めです、フフフ。

  


Posted by はるなのフルーツ at 23:14Comments(0)フルーツ日記

2009年09月23日

日本一の兵(つわもの) (信州行脚 プロローグ)

戦国の時代、「日本一の兵(つわもの)」として、

全国に名を轟かしたのは御存知、真田一族。

地方の一部族でありながら、機略知略で中央の諸将と
互角以上に渡り合い、いまだに絶大なる人気を誇る真田氏。

「柔よく剛を制す」、「小が大を食う」なんて、言葉がよく似合う真田氏。
日本人が好む所以が、この辺にも有るのだとも思います。

ところでワタクシ、連休を利用して 
信州は飯田市、妻籠宿、そして上田市へ行って参りました。

このハチャメチャな順路に至ったのは、
連休前、直前にビジネスホテルを予約したのに原因があり、
単に空いている、ホテルがそこしかなかったからという事なのです。
ですが、飯田、上田共に、それぞれの良さがあるわけで、
「しょうがない」なんて気持ちは少しもなく、むしろ「導かれてる」などと
勝手な解釈で、旅を楽しむことに致しました。

今日のこのブログの更新で、詳細の報告は改めたいと思いますが、
皆様にお知らせをしたかったのは、今回も良い「旅」ができたという事です。

飯田市はリンゴが盛んなところではありますが、
「街づくり」においても、全国的に注目されれいる所だと、皆さんは御存知でしょうか?
私は2年前にその事を、あるシンポジウムで知りまして、ずっーと、気になっておりました。
飯田市には、何度か訪れていはいましたが、今回は一日滞在が出来たので、
その辺を、ゆっくり見学することができました。

飯田市内、幾つかの観光施設に伺うと、ボランティアのガイドさんがおりまして
こちらが、恐る恐る質問をすると、「待ってました!」と言わんとばかりに
飯田の「自慢」と、こちらが望んだ答えの120%以上での、詳しい説明をしてくれまして
「あー、徹底しているなぁー」と内心思いつつ、この話が聴けただけでも、
「飯田市に来た甲斐があったなぁー」実感をするのでありました。

また私は仕事柄、旅先の観光案内所にある
パンフレットやポスターの内容、イベント告知やフリーペパーなどを
くまなくチェックをするのですが、流石は観光立国、信州!
圧倒的なデザインセンスやコンテンツ、またその仕掛けが用意されており、
毎度の事ながら、深く感心をさせられました。

ところで、今回のこのブログで「何を」
伝えたかったかと申上げますと・・・・

それは次回の講釈で。



 上田城駅前の真田幸村(信繁)公
 「いやー、幸村さん、流石は御君城下、
 立派なものです。城前の案内所も強(したた)かですねー」



 妻籠宿で頂いた、お蕎麦と焼き立て五平餅
 旅の楽しみだと、大沢悠里さんも言っています!  


Posted by はるなのフルーツ at 18:09Comments(0)フルーツ日記